当寺は千手山慈眼院と号し、浄土宗知恩院末にて、今から三百五十年前の 正保二年(一六四五)往誉達道上人により創建されました。

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せみ凧
せみ凧発祥の地

子供のころ、お正月になるとよく凧を上げた経験のある方は多いと思います。
戦前戦後を通して、この地で「蝉凧」と言う蝉に似た凧が盛んに揚げられたことをご存知と思います。
これは当寺第25世加藤明粋和尚が発明した凧で、戦前戦後を通して当地方でよく揚げられたものです。
明粋和尚は明治三十三年一月より、昭和八年十一月まで当寺の住職として在住しておりました
。 当時はまだ檀信徒も僅かで、収入も少なかったので副業として養蚕で細々と生計をたてていた貧乏寺でありました。
和尚はある時、裏の竹藪の竹を利用して何か作り、生計の糧にならないかと考えていました。

ある夏の日、境内のけやきの木に沢山の蝉がうるさく鳴いていました。
蝉が空を飛ぶ姿を見て、ふと思いつき、はかない命の蝉を竹で作り、四季を通じて凧として飛ばしたらおもしろいのではないかと思い、何度も何度も工夫を重ね、蝉が空を飛んでいる姿を形にして創作したのが、この「蝉凧」なのです。
この「蝉凧」は後に市内の自徳院先代住職や青木氏・千種氏に伝授され、それぞれに製作されました。
完成した凧は市内の豊田商店や淀彦商店に卸し、販売されました。

しかし、この「蝉凧」も戦後次第に衰微し、現在専門に制作する者はいない。
只当寺ではこの「蝉凧」を永く伝える為、「蝉凧を作る会」を毎月第二日曜日の午後一時に開催し興味あるかたと共に製作しています。参加者を募ります。
また、市内には「蝉凧」に似た「あぷ凧」が見られますが、当寺の「蝉凧」を参考にしたものか?
ちなみに、現在「蝉凧」があるのは、当寺と豊田屋と自徳院に見る事が出来ます。

 
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